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日本インドネシア学会第40回研究大会 報告要旨


第1日  11月28日(土)

テーマ発表

【発表1】

 氏名  塩原朝子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所)
 テーマ  「東部インドネシアの言語状況 —地方語の光と影—」
 要旨   本発表では、東部インドネシアの二つの地域、スンバワ(NTB)とアロール(NTT)における言語状況を概観する。これらの地域では、ポストスハルト期の動きとして東ジャワ州やバリ州にみられるような「地方語振興運動」はほとんど見られない。これは、スンバワでは、スンバワ語が唯一の優勢な地方語として安泰であるため、話者コミュニティの側に危機感が存在せず、その一方で、教育の言語(栄達の手段)としての「インドネシア語」を重視する傾向が強いためであり、アロールでは、自身の言語使用について客観的に捉えて評価する、いわば「近代的視点」とでも言うようなものがほとんど存在しないためであると考えられる。

【発表2】

 氏名  津田浩司(日本学術振興会特別研究員PD)
 テーマ  「ポスト・スハルト期インドネシアにおける華人と中国語 —地方都市における中国語学習ブームを手がかりに—」
 要旨  ポスト・スハルト期のインドネシアでは、華人系住民に対し抑圧的だった施策のいくつかが見直され、またいわゆる「中国文化」も開放された。こうした環境の中、少なからぬ華人が中国語(北京官話)学習をするという現象が見られるようになっている。本発表では、インドネシアの地で数世代を経て最早中国語をしゃべれなくなったような華人たちが、今再び中国語に目を向け始めていることが如何なる現象なのかについて、2006年半ばにジャワの一地方小都市で起きた中国語学習ブームを例に採り分析する。

【発表3】

 氏名  内海敦子(明星大学日本文化学部)
 テーマ  「北スラウェシ州における多言語状態とマナド方言の威信と活力」
 要旨  スラウェシ島の北スラウェシ州(Propinsi Sulawesi Utara)には、11の少数民族言語が存在すると報告されている(Noorduyn 1991他)。これらは話者数がそれぞれ1万人から3,4万人とされているが、インドネシア国語政策により若い世代が用いなくなり、消滅の危機にあり最後の流暢な話者は四十代後半から六十代である。それ以下の世代が日常で用いるのはインドネシア語マナド方言(Bahasa Manado)である。マナド方言は北スラウェシ州を中心とする経済通商圏に広がり、西隣のゴロンタロ州でも用いられているとの報告がある。本発表ではこの地域の少数民族の一つバンティック語話者の世代による言語使用領域の変化と、地域共通語として機能するマナド方言の活力と威信について論じる。

【発表4】

氏名  北村由美(京都大学東南アジア研究所)
 テーマ  「ジャカルタの「言語景観」にみられる中国語使用と華人」
 要旨  ポスト・スハルト期のインドネシアにおいて目に見える変化の一つに、中国語使用の拡大があげられる。その背景としては、中国語をふくめた中国的な文化に関する規制の廃止と、中国の国際社会におけるプレゼンスの上昇による中国語人気がある。では、街で見られる中国語は誰がどのような内容を発信しているのだろうか。本発表は、ジャカルタの商業地域における「言語景観」の分析から、中国語使用の歴史的背景と現状を分析する。

第2日  11月29日(日)

自由研究発表

【発表1】

 氏名  Edy Priyono(Universitas Kyoto Sangyo) / エディ・プリヨノ(京都産業大学外国語学部)
 テーマ  Meninjau Tren Baru lewat Singkatan Asing Kontemporer di Media Cetak Indonesia dan Jepang
(インドネシアと日本の印刷メディアにおける最近の外国語略語にみる新しい時代の潮流)
 要旨  インドネシアと日本で異なる略語からはそれぞれの社会状況、異なる考え方を読み取ることができる。たとえば、ES/employee satisfaction (従業員満足)は日本の、BTL/below the line (マスメディアを使わない宣伝)はインドネシアのリストにしかない。日本では新技術を表す略語が多く、インドネシアでは携帯電話やインターネットに関連する略語が多い。一方、SE/social entrepreneur (社会的企業家)、SRI/socially responsible investment (社会的責任投資)といった略語からは共通する世界的潮流が見て取れる。

【発表2】

 氏名  スリ・ブディ・レスタリ(東京外国語大学博士後期課程)
 テーマ  現代ジャワ語の敬語使用に関する調査報告—ジョグジャカルタ市の学生および社会人を対象にした調査—
 要旨  本発表では昨年11月に行った調査(第1次調査)、その結果を補うために2009年9月-10月に行う調査(第2次調査)の結果を報告する。第1次調査のアンケートでは、若年層(高校生・大学生)と既婚男性(40-50歳代)の敬語使用には相対敬語的な特徴があることを明らかにした。第2次調査では、敬語の使用の他に、ジャワ語の能力、使用意識などの設問も設けており、近年ジャワ語の社会言語学的な状況を明らかにすることを目的とする。アンケート、インタビューの他に、授業見学なども行い、敬語使用の背景にある様々な要因を観察・記録し、その結果を報告する。インドネシア語の普及でジャワ語の使用が圧迫され、敬語の難易度が高いことなどで、敬語使用のみならず、ジャワ語の使用自体が深刻な状態にあることについても考察を行う。

【発表3】

 氏名  安田和彦(京都産業大学外国語学部)
 テーマ  「supaya/agarに導かれる節について」
 要旨  本発表は、supaya/agarに導かれる節の用例の中から、supaya/agarに導かれる節が動詞句の補文として用いられているものを取り上げ、その統語構造、特に動詞+目的語+supaya/agarという語順と動詞+supaya/agarという語順の相関関係、そしてsupaya/agarに導かれる節の主語の代名詞化に関わる要因を談話・機能文的観点から考察する。

【発表4】

 氏名  長南一豪(獨協大学 外国語学研究科(英語学専攻) 博士後期課程)
 テーマ  「完了性をあらわす動詞接辞-kan」
 要旨  mengikatkan「縛りつける」における-kanの機能について、従来は「道具」とされてきたが、Son and Cole(2008)はこれを「着点前置詞句構文」と呼び、-kanは「道具」ではなく「結果」をあらわすと主張している。本発表では、彼らの記述的な問題点を指摘し、代案として-kanは「完了性」をあらわす出来事限定詞であることを提案し、使役・受益者などの-kanと同一の構造を持っていることを示す。

【発表5】

 氏名  高地薫(愛知県立大学非常勤講師, ガジャマダ大学日本研究センター研究員)
 テーマ  「9月30日事件を巡る文学と歴史」
 要旨 1965年の9月30日事件をテーマあるいは背景とした文学作品は事件直後の1960年代末から現在まで数多く生み出されてきた。1998年のレフォルマシ以降はスハルト体制で政治犯とされてきた作家が自らの体験に基いた作品を、2006年以降はより若い世代がこれまでの作品とは違う切り口の小説を発表している。本発表では、これらを個々の特徴と時代背景に留意しつつ概観し、文学が国民的トラウマとなった事件とどのように格闘してきたかを論ずる。

以上